【悲報】報われない努力は確実にあります

努力すれば報われる、ばかりじゃありません

僕は日本の学校教育にはウソが有って、「努力すれば報われる」「できないのは、努力が足りないからだ」って刷り込みが強烈だなと思っています。

でもね、世の中には努力でどうにもならない事が沢山あるのです。だから言いたいのはできないからといって、その人を「努力不足・怠慢」だなんて責めないでほしいことです。また出来ない・苦手な事は克服したりせず、逃げて他の事で力を発揮すればいいんじゃないの、と思っています。

理由:努力ではどうにもならない事が沢山ある

具体例①:100m走を早く走れない
具体例②:

具体例:こんな経験あるはずです

具体例1:100m走を早く走れない

100m走の速さというのは、努力ではどうにもならない例です。

なぜなら足の速さ、遺伝的な部分で決まってしまうからです。

100m走が世界一速いウサイン・ボルトは、9.58秒で走ってしまいます。彼は数々の大会で、最後は横目で余裕を見せながらTOPでゴールしています。彼の努力も確かにすごかったのでしょうが、努力だけでTOPになれるのなら、彼以上の人もいるはずです。努力でどうにもならない部分というのは、彼が遺伝的に恵まれていたからです。ジャマイカ黒人というのは遺伝子的に短距離向きの筋肉を持っているからだし、188㎝の長身と足の長さがあるからです。体も小さく、筋肉の質的に短距離向きではない日本人では、生れたときから負けが確定しているようなものなんです。いわば進化の過程で、400万年前にすでに勝負がついていたのです。

あなたのクラスメイトにもたいして運動していない・努力していないのにリレーのアンカーだったなんて人間が、確実にいますよね?これは努力ではどうしようもない・遺伝の部分で恵まれていたからです。

最近では走り方の教室があって、これで平凡な子でもクラス上位にはなれるそうですね。それでも遺伝の壁は超えられませんが。

こういう遺伝の例をみるまでもなく、努力ではどうにもならない事は確実にあります。

具体例2:工場でどんなに頑張っても

この例では工場労働者を、否定するわけではありません。

ですが「視野が狭くて、目の前の事を妄信的に頑張っている」人間がいて、その努力は報われる可能性が低いって例です。それは、知人の工業労働者の例です。

僕の知人(中学でちょっと一緒の班だった、おたがい友達だと思っていなかった)で、工場つとめの人間がいます。彼は高校と職業訓練学校を出てずっと、工場労働をしているのです。彼は過酷な3交代制で朝から晩まで働いています。「仕事がつまらず、無断欠勤を繰り返した」「けどこれじゃ社会で通じないと解った」「だから仏法をはじめた。そうしたら耐えられる心が得られた。自分が救われる感じが、はっきりわかった」とのことでした。

(余談:その口調でそのままお前も救われるから仏法やれって、言われました。勿論断りました)

・・・要するに彼は、工場勤めがしんどくていやだけど、仕事イヤだという心に麻酔をかけるべく仏法をやっているのです。

ですがよく考えてください。彼の様な学歴の浅い人間が、工場の3交代をどんなに努力しても昇格できません。昇格といえば工場長とかですが、工場長クラス以上は、確実に学歴ある人間です。そりゃそうですよね、取りまとめるとなると売上・経費・労働時間などの数値的管理をしないといけませんから、学力が必要です。彼の努力すべき方向とは、工場労働を妄信的に頑張るのではなくて、経営学部をでる(もしくは学位をとる)などして自分なりの裏打ちをとることだったのです。

これは7年前の話なんですが、未だに彼は結婚できず転職を繰り返しています。努力すべきは目の前の工場労働ではなかったのです。

具体例3:サッカーのリフティング

僕は、サッカーのリフティングが出来ませんでした。

ですが体育教師は困ったことに「努力信者」で、サッカーのリフテングができないのは鍛錬が足りないからだ。10分間の間にリフティング20回できなかったら、腕立て20回やれって言われました。

努力が足りないのではありません。ボールに触れていないからでもありません。小学校時代からサッカーで遊んでいたし、家でリフティングの練習もしていました。キングカズ(三浦知良)のサッカー本まで買って練習しました。その甲斐あって一度は、5回連続もできました。ですが体育の本番ではできず、腕立てをやりました。

同様に2人1組で、1つのボールを取り合って5分後にボール持ってない方が腕立て、なんてのもありました。「ボール取られるなんて、努力が足りないからだ」と体育教師は言っていましたから、努力が足りない➡ボールを保てない➡懲罰で腕立て、という理屈です(彼にそういう意味だと確認済)。これも僕は腕立て側でしたが、僕の努力が足りなかったのではありません。2人1組の相手の方は、努力なんてしていませんでした。

努力してもできない僕と、努力しなくても出来る相手。つくづく「この体育教師の理屈はウソだ。努力でどうにもならない事がある」と悟ったものでした。

具体例4:職場でスカンされたら転職に限る

またも僕の例ですが、若いころ職場でスカンされた経験もあります。

このときも頑張ったのです。結局体調を崩してしまい実を結びませんでした。

そこで必要だった努力とは、職場で仲良くなることではなかった。転職することでした。転職して環境をかえたら、ウソのように楽になりました。それから人間関係でつまった・悩んだ事はありません。努力でなんとかなると信じていたら、僕はその職場に居続けて廃人になっていたかもしれません。

おわりに:

努力には報われる努力・報われない努力が確実にあります。例えば社会科の暗記の授業なら、だれでも努力でできるかもしれません。ですが確実に努力ではどうにもならないことがあるのに、「努力が足りないからだ」と決めつける教育が嫌いです。

僕は努力じゃどうにもならない事があるから視点を変えようとか、教えて欲しかったです。

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