【ぶあつい教科書】
入学してビビるのが、教科書のでかさです。
ぜんぶB4サイズです。みんな広辞苑のようなでかさ、辞書のような分厚さにビビります。かばんもいつも重たいので、みんな部室に棚をつくって、図書室で勉強、なんてやっていました。
たとえば「有機化学 上・下」は4コマ(1コマ=90分×15回講義)の授業で使い切ります。「分析化学 上・下」も2コマの授業で、7割くらいつかいます(3割はやってません)。
試験で苦労しますが、「難しい」というか「凄いボリューム」なのです。
【脱落者多い】
上記のように凄いボリュームなので、毎年10%は留年(脱落)していきます。ぼくの45人クラスでは4人くらい、留年していました。
【再受験目指す人間が多い】
薬学分は、「医学部に受からないから、仕方なく(妥協して)薬学部に来た」人がとても多いです。(仕方がないといっても、(都市部の)薬学部は偏差値60近くあります)
それで、入学しても諦めず、大学授業の勉強・医学部受験勉強を両立させる人間もいます。薬学部の授業難しいのに、凄いですよね。医学部受かった人間は、当然オサラバになります。
薬学部に受かったけど一切授業にこず医学部受験ばかりして、結局留年➡中退・医学部も受からずニート、の人間もいました。
薬剤師になってからやっぱり医学部を受験して、医師になった人間も何人も知っています。世の中に薬剤師・医師の両方免許の人間いますが、そういう事かな。
ままた逆に、「他の学部にいたが仮面浪人して、薬学部に入りなおした」人間も多いです。実は僕がこのパターンで、1年間別の学部にいながら受験勉強しました。公認会計士していたけど薬学部はいった、警察官だったけどい薬学部にはいった、社長だけど薬学部も並行してやる、なんて人間もいました。彼らは一回り近く年上だから、よく慕われていました。年上だけど同級生なのでため口です(笑)
【基礎薬学は理系・応用薬学は記憶系】
薬学部=理系、とされています。実際は理系なのは、最初の基礎薬学の時代だけですね。応用である薬理学・薬物治療学・薬剤学あたりになると、もう記憶系になります。記憶とはいっても、基礎薬学が頭に入っていないと覚えられません(逆に基礎薬学が得意だったら、短時間で忘れにくい勉強が出来て、2度美味しいのです)
ちなみに1・2年生の基礎薬学が取得できないと、応用薬学が解らないだけじゃなくそもそも進級できません。
【優等生のノートは売れる】
一部の優等生を除いて、たいてい皆勉強量で苦労しています。教科書は分厚いし、実習(病院実習・薬局実習だけでなく、2年生からはじまる化学系・生物系・物理系・実務系などの学校でやる実習)は夜までかかる&レポートの嵐です。
ふだん勉強しない人間も、テスト週間突入すると、目の色変えてテストの過去問題や優等生のノートを捜します。たいていコピーが大量に出回ります。でも優等生のノート=みやすいノートじゃないですよね(優等生○○くんにとっては見易い・それ見て思い出しやすいノートで、万人受けするノートじゃない)。優等生レポートも同じくです。
【優等生は引っ張りだこ】
優等生ってだけで、テスト週間には周りに人だかりができます。どの学部でもそうかもですが、こと勉強量が多くて落第しやすい薬学部は、顕著です(僕は元々別の学部に1年居たので、その違いが良く分かります)。で、テスト終わると人が去ります。(失礼ですよよね)
でも優等生は、卒業してからもずっと「〇〇くんのノートのお陰で、今の僕が有るよよ」って感謝されています。皆さんは感謝する側と感謝される側、どっちがいいですか?
【教授のひいき球団の成績で・・・】
これは噂の域を出ませんし、薬学部に限らないと思います。僕の大学は中部地方だったので、中日ドラゴンズファンの教授がいました。当時の薬理学と微生物学の先生が、ドラファンだったのです。
関東地区なら「ジャイアンツファン」「ライオンズファン」「ロッテファン」などと分散するものですが、中部地区となると「ドラファンとその他」に分かれてしまいます。
その中日ドラゴンズが優勝すると、テストが楽になるというジンクスがありました。当時落合監督の黄金時代だったので、僕はずいぶん楽させていただきました(笑)
【教えることとやる事が・・・】
薬学部だから、当然健康・病気について勉強するはずの場所です。れっきとした「生化学2」「臨床医学2」という講義で、アルコールの代謝・悪酔いについても勉強しています。
が、その生化学と臨床医学の先生が、大の酒好きでした。
お一方は、研究室にAsahiのビールサーバー(!)がおいてある人。みんなが陰であだ名「酔っ払い」と呼んでいました。糖尿病の合併症について講義していて「僕の家系はみんな糖尿病なんだ。遺伝で持っているのだと思う。僕も基準値ギリギリで、野菜から食べる等気を付けています」とまで言っていたのですが。
もうお一方は、運動部の先生だったのですが各種飲み会(新歓コンパ・追い出しコンパ)には絶対くる人。当時の運動部は飲ませ方が凄く、「吐き部屋」までありました。今では絶対考えられないですがね。それを止めるのではなく、勧める人間だったのです。貴方は授業で、アルコールの危険性教えていましたよね?
これは薬学部だけではないようです。別大学に医学部・薬学部で共通の運動部があるのですが、部活の医学部の先輩がいう事がひどい。
俺救急の受け入れ実績少ないんだよ。慣れたいからお前、もっと飲め!そうしたらみんなのためになる!
といって飲まされていた人もいました。現代で考えれば、アルハラもいいところです。どうしてか知りませんが、こうやって「教えることとやっていることが違う」人が居るのも、薬学部あるあるです。
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